弦の怪談実録 あなたのうしろに霊がいる!

第1話 幽霊の見え方

松原姉妹(宮本玲奈28歳・松原春奈26歳)さん・栃木県在住からの投稿

姉妹そろって強い霊感の持ち主という、玲奈さん(30)と春奈さん(28)が語る心霊体験談。お2人によれば、霊はその見え方の違いで危険なものとそうではないものに分けられるそうです。

第1部<姉・玲奈さんの話>

ユキナさん・26歳・大阪府在住の話
私の仲の良い女友達がちょくちょく「弦」の鑑定を受けているご縁で、こちらのサイトに投稿させていただくことになりました。よろしくお願いします。
じつは私たち姉妹は、2人とも「見える人」なんです。こうした能力に血筋の遺伝があるのかどうかはよく分かりませんが、すでに亡くなっている母方の祖父も霊が見えたり、その声が聞こえたりする人だったそうです、それで生前は普通の勤め人の傍ら、人の求めに応じて悩み事の相談を請け負うようなことをやっていたって聞いています。
そもそも母の家系というのは北関東の田舎にある神社の神職だった家柄で、明治維新後の事情でそこの神主の座を去った後も、一族の中から霊媒や拝み屋さんといった特殊な職業の人を何人も出していたそうです。遠縁には神懸かった挙げ句に小さな宗教団体の教祖みたいな存在になった女の人もいる、と母に教えてもらったことがあります。
もっとも私も妹も、宗教とかスピリチュアルとかいうものには全く興味がなくて、霊が見えてしまうという特殊事情を抜かせばごく普通と言いますか、他の女の子と同じでファッションやブランドが大好きな、むしろ物質主義的な凡人です(笑)。

いつも可愛がってくれたお婆さんが別れの挨拶に来て
私も妹も、物心ついた頃からずっと霊が見えていました。歳の近い姉妹なので小学校くらいまでは学校から帰って一緒に過ごすことも多かったのですが、近所の他の子たちも含めた大勢で遊んでいた時には、私と妹だけが変な行動を取ってしまって、ちょっと浮いてしまうということがたまにありましたね。
例えば公園で遊んでいたら、敷地の端の方のベンチに顔見知りのお婆さんが座っていて、こっちを見てにこにこ笑っていたことがあったんです。私と妹はそこへ駆け寄って挨拶したんですが、一緒に遊んでいた他の子たちは不思議そうな顔で「レイナちゃん、何、やってんの?」って。
ええ、そういうことです。他の子たちには見えなかったんです。妹と顔を見合わせて、「何でもない、何でもないよ!」って必死にごまかしました(笑)。それでまた振り返ったら、今までそこにいたお婆さんはもう消えていました。その帰り道にお婆さんの家の前を通ったら、玄関先に忌中の張り紙が出ていました。ああ、そういうことだったんだって、子供ながらに納得しました。生前、私たち姉妹のことを可愛がってくれていたから、お別れの挨拶に来てくれたんですね。
霊を見る時というのは大体そういう感じが多くて、あまり怖い思いはしたことがないのですが、それでもたまには凄く気持ちが悪いものとか、得体の知れないものに遭うこともありました。

経験で分かった無害な霊と危険な霊
色々な霊をさんざん見ているうちに、安全なものと危険なものの区別が自然につくようになりました。
まず、安心できる霊というのは、親類や顔見知りなどの生前に会ったことがある故人。上に書いたお婆さんみたいな例です。何かしらの形で縁のあった人が目の前に出てくる分には、ああ、挨拶に来たんだなとか、自分が死んだことを伝えに来てくれたんだって、その目的がすぐに分かります。
また、全然知らない人でも、明らかに笑顔だったり、柔和で穏やかな雰囲気で、それが静かに佇んでいたりするような場合はまず大丈夫ですね。人間が亡くなってからどうなるのかといった専門的な知識を学んだことはないのですが経験上、いわゆる成仏をしていったん上の世界へ上がってしまうと、こちらの世界に姿を現すということはできなくなるのだと感じています。そして、そういう霊というのは自分が成仏できること何となく分かっているというか、一様にどこか安堵した表情を浮かべているんです。

危険な霊は身体の構成粒子が粗く、色が変化する
これに対して危ない霊というのは、まず顔の表情が怖いです。そう。つまり、基本は生きている人間の見分け方と同じということです。それから孤独に苛まれていて、必死に話し相手を欲していることが分かるというか、執拗にコミュニケーションを取ってこようとするという特徴もありますね。例えば道端でそういう霊と遭ったとして、先方はどうして自分がその場所にいるのかとか、何々をしてくれないかとか、自分勝手な要求やくだくだしい話が物凄く多いんですよ。さらにこちらが無視しようものなら、「殺してやる」とか「引きずりこんでやる」とか、ヤクザの脅しみたいな台詞を投げつけてくるし、本当に面倒くさいです。
あとは、カメレオンの保護色みたいに色が頻繁に変わりますね。成仏できないでさまよっている霊というのは、そうでない霊に比べるとベースの色合いが白黒やセピアの単色に近い感じで、よく見るとテレビ画面の砂嵐みたいな粗い粒子で構成されていることも分かるんです。
そこには部分的に色が着いていて、しかもその色がコロコロと変化するわけです。最初は赤っぽい服を着た女の人だと思っていたのに、急に褪せてピンクになったり、逆に青っぽくなったり、それから肌の色も白かったのが鬱血したみたいにドス青くなってきたり、そうかと思えば火が燃えるばかりに真っ赤に染まったり、という具合です。こちらの世界の中にきちんと定着していないというか、存在自体が不安定なんだなと強く感じます。俗に言う浮遊霊と地縛霊というのは、概してそんな印象ですね。

第2部<妹・春奈さんの話>

姉カップルと一緒にドライブへ行った時のこと
姉の玲奈が危険な霊の見分け方みたいなことを書いたので、それとつなげる形で今から5年くらい前の体験を書きます。当時は姉もまだ実家で一緒に暮らしていて、そこに彼女の婚約者、つまり今の義兄がよく遊びに来ていました。それでたまに「春菜ちゃんも一緒に行こう」って、ドライブに誘ってくれることがあったんです。
その土曜日もそんな感じで2人のデートに便乗して、隣県の観光地を目指して車を走らせていました。そして途中、サービスエリアに立ち寄った時、義兄が「春菜ちゃん、ちょっと転がしてみる?」って言ってくれて。私、ちょうど免許を取り立ての頃だったのですが、あいにく実家にはまだ車がなくて、運転したくてウズウズしているのを見透かされたんでしょうね。「え、いいの?!」って、喜び勇んで運転席に乗り込みました。
ペーパードライバーを山のコーナリングに挑ませるって、義兄もなかなか勇気のある人ですよね(笑)。その一方で心配性の姉は、もうハラハラドキドキしっぱなし。移動した後部座席からお母さんが小さな子を叱るみたいに、やれ速度を落とせだの、センターに寄り過ぎだのと口うるさく指示してきたので、こちらもいい加減うんざりして、「ちょっとお姉ちゃん、静かにしてよ!」と叫んでしまったんですが、ちょうどそんな時に事件が起きました。

山道に立ち塞がる人影
大きなカーブを曲がって視界が開けた瞬間、すぐ前方の路上の真ん中に人影が立っていたんです。反射的にブレーキを踏み込みました。幸い後続車がいなくて何事もなかったのですが、私が茫然としているのを見た助手席の義兄に、「危ないから、ちょっとそこに停めて落ち着こう」と、フロントガラスの向こうを指差されました。
そこは山道によくある、退避避難所として設けられたスペースでした。それまで道路の片側はずっと急斜面が続いていたのですが、そこの付近は傾斜が少し緩やかになっていて、車を降りて見下ろすとずっと下の方に渓流が見えました。木の幹に掴まって慎重に降りれば、自分の足で谷底まで行けるくらいの感じです。
「どうしたの、急に?」と、義兄に訊かれて言葉に詰まりました。今しがた自分が目撃したのが生きている人間ではないことはもう分かっており、困って姉の方に顔を向けると代わりに説明してくれました。
「この子、今、幽霊を見ちゃったんだと思う。私は気がつかなかったけれど。そうだよね、春菜?」言われてコクリとうなずくと、義兄は頭を掻きながら、またかという表情を浮かべました。

下方の谷底に女の子が倒れていた!
その頃すでに姉は義兄にも私たちの特殊な能力について正直に話していたようなのですが、義兄の方はまだ完全に信じてくれてはいなかったんでしょうね。ちょっと気まずい感じになっちゃって、無言のままタバコを吸い始めたのですが、ふと谷の方へ目を遣ると驚いた表情を浮かべて振り返りました。
「おい、下に女の子が倒れてるぞ!」手招きされて私と姉も谷底を覗き込むと、言われたものが見えました。柄物のワンピースに身を包んだ華奢な体型の女性。それが岩だらけの流れの水の中で、身体をあおむけに沈める形で倒れ込んでいたんです。さっき路上に立っていたのはこれだと気づき、慌てて姉と顔を見合わせました。
義兄の方は血相を変えて、大声で下へ呼び掛けていました、しかし反応がないと悟ると、ロープを張っただけの低い柵をまたいで瞬く間に斜面を降り始めました。
「やめてっ、それは生きている人間じゃないよ!」姉が背後からすかさず制したのですが、「何を馬鹿なこと言っているんだっ。君は早く警察か消防に連絡しろっ」と、全く耳を貸してもらえませんでした。
「春奈、引き留めよう!」私と姉も覚悟を決めて、すぐに義兄の後を追いました。崩れやすい岩と土に足を取られるのを堪えて何とか斜面を降りていくと、先に谷底へ着いた義兄がすでに女の人を介抱していたんです。

ぐったりしていた白い腕が急に動き出し……
半身を抱き起こされたびしょ濡れの白い腕が動き始め、義兄の背中に回っていくのが見えました。そのまま2人はもつれ合ように水の中へ突っ伏し、やがて女の人だけが起き上がって義兄の頭を押さえつけました。義兄はすでに意識を失っているようで身体が全く動いておらず、為されるがままでした。姉はまだ斜面の半ばでしたが、咄嗟に手に触れた石を掴むと、女へ向かって叫びながら投げつけました。「ふざけんな、馬鹿野郎!」
ドボンという音がしてせせらぎの流れに大きな波紋が立ち、女がこちらに顔を向けました。額から頬にかけての皮膚がズルリと剥がれ落ちて、まるで肉団子と化していたそれは、歯茎がむき出しの口を歪めて愉快そうに笑っていました。そして姉が再び石を投げつけると、今度は水の中へ溶け落ちるように姿を消したのです。
その後、義兄の身体を必死で水から引き上げ、しばらくしてようやく目を覚ましました。明らかにまだ生きている女の人が水の中で苦しそうにもがいたので、後先を考えずに抱き上げた。しかし、それから先は一切憶えていないとのことでした。「思わずうっとりと見とれるくらい、飛び抜けて綺麗な顔立ちの女の子だった」そうです。
あれは多分、そこの渓流の近くで強い恨みを残して自殺した女性の霊ではなかったかと思っているのですが、私と姉の目にはとんでもない姿に映っていたそれが、普段は霊感のない義兄にはまるで違って見えたわけです。普通の人が自殺霊に引き込まれる時はそういう風に見えるんだ……と、妙に納得してしまいました。